polygala’s diary

アイドル(主にソング)をメインにたまに日常的なあれやこれを話題にしていきたいです。あと趣味

生きにくいななぜだろう

何か書こう書こうって思うんだけどなかなか思いつかない。。。

いや、そもそもタイトルをアイドルソングにしようとする謎縛りのせいで自分で自分を苦しめてるっていう。

 

てか、前の記事

君が結婚するって聞いた - polygala’s diary (hatenablog.com)

で僕が最大限オブラートに包んで擁護して周りの色々なアレに配慮したたうえでの投稿だったのになんなの?

マジでありえなくないっすかね……。

現実は小説より奇なりというか、この世界はまるで地獄だということをまざまざと感じさせられた。

 

まあもういいのだ。

僕にしては芸能人のスキャンダル過剰になりすぎた。

 

普段はマジで、芸能人のスキャンダルなんてクソほどもどうでもいいのだ。

自分の人生に1ミリも影響を及ぼさないからだ。

例えば、アンジャッシュの彼がどうとかマジでどうでもよくない??

 

人の人生を気にするほど人生に余裕がないというのが本音だ。

 

でも、これまた無職になってみればわかるが無職ほど芸能通になるんだなあこれが…(実体験)

 

話変わるけど、Nキャスとかに出てくる「芸能界研究家」みたいなよくよくわからん肩書で芸能人のスキャンダル語る謎のおばちゃんいるけど煽り抜きに普段あの人たちは何で生計を立ててるの?まさか、あれ一本でやっているのだろうか。甚だ疑問である。

 

閑話休題

 

今回のタイトルこんな風にに書いたけど別に特別嫌なことがあったとかそんなことではない。

むしろ逆だ。

今週の週末は僕的に結構充実した。

 

土曜日にはもう崩せるレベルじゃなくなってる積読を丸一日かけて消化できた。

好きで買ったマンガや小説を読むのなんて楽勝だろとか思われるかもしれないが僕にとってはそれも億劫になってきている。

こういうのなんか病気なんかね。

大学時代もこの気があってよく積読積みゲーをしていたけど社畜になってからもっと読めなくなった。

じゃあ、買うなよって話だけどそう思って大学時代に色々検索して読んだなんかのネット記事に積読してもいいから良いと思った書物は買うべき、なぜならその時にしか出会えなかった本かもしれないからみたいなのを見てからとりあえず気になった本は今でも買ってる。ゲームについてはほとんどで買わなくなった。買ってもやらんし。

やっても今まで積み続けたものが中心になるだろう。

せっかくの休みなのに1日中スマホいじって終わりみたいなのがずっと続いてたのでこれは大きな進歩だ。

 

そして今日はというと昼まで寝て午後からは同僚と遊んだ。

かなり楽しかったが今になってお互い彼女もいなく学生みたいなことしてこのままでいいのだろうかという一抹の不安がよぎったがまあいい。

 

こうして見ると僕のいつもの休日比で見るとかなり充実した休日を過ごしたといえる。

 

それでこのタイトルとはって話だが別に鬱とかメンヘラとかって話ではない。

……いや、少しあるかもわからんけど。

 

何か満たされない。

どこか心の渇きがある。

 

こんな抽象的な表現だがまさにこれなのだ。

 

有名な曲の歌詞に「何でもないような事が幸せだったと思う 何でもない夜の事 二度とは戻れない夜」とある。

このように僕は幸せに恵まれすぎてそれがあまりにありふれていてそれに気づけていないのだろうか。

 

まあ、実際そうなのだろう。

大学生時代の僕はしょうもない生活だなあって思って過ごしてたけど、今となってみればあの生活は天国だったと無職になった時は強く感じたのを覚えている。

まあ、現在進行形なのだけど。

 

でも、確かに「何でもないようなことが幸せ」であるかもしれないが、そう考えたら高校からの僕の人生は「クソ」→「何でもない幸せ」→「クソ」→「地獄」→「何でもない幸せ」以下ループみたいな人生だ。

 

申し訳ないが、はっきりいってつまらない人生だ。

 

友達に囲まれた人生ならまた別なのだろうか。

心の許せる親友がいれば違うのだろうか。

彼女がいればまた世界は変わって見えるのだろうか。

楽しい仕事をしていれば満たされるのだろうか。

後悔のない人生を歩むことができてたら今見える景色も違うのだろうか。

 

答えはわからない。

だって、すべて手にしたことがないものだから。

 

そもそも僕は社会不適合者なのだろう。

しかし、これは多分後天的なものだと絶対的な自信をもっていえる。

思春期に人に、周囲に、環境に恵まれていなかったのも事実だ。

 

最近、電話帳に登録されている中学・高校時代の人間の連絡先を消した。

今や、人とのやりとりはもっぱらLINEということもあり電話帳の連絡先を使わないということもあるが最大の理由はもう彼らは友達ではなく旧友だからだ。

同窓会の案内が来ない僕からしてみれば、もうこの先一生会わない人間が多く占めるだろう。

え、なんで来ないのって?

マジで、なんで来ないの??

まあ、半分ジョークで書いてるが半分本気だ。

かつて、あれだけ仲良かった人間も卒業してから数か月やり取りをした後はもう連絡は途絶えた。だれ一人残らなかった。

別に受け身だったとかではなく僕から連絡したことも当然あった。

そのうちなんとなく連絡が途切れたみたいな感じだ。

LINEインストールした際に彼らを自動的に「友達」にする設定にすれば彼らと今でも「友達」でいれたのだろうか。

わからない。

が、多分ないだろう。というか普通にないだろう。

拗らせてんなとか思われるかもしれないが、本当に仲が良ければ何かしらでつながるのだと思う。

 

僕はよくある人間関係リセット癖みたいなそんなのではなくて積極的にそんなことしなくても勝手に人間関係がリセットされてるみたいな人生を歩んでいる。

なにそれ、こわい。バクってね?僕の人生。

 

だから、今回の連絡先一斉消去みたいのは初めて試みたことである。

実際問題、消去しても消去しなくても何も変わらないだろう。

 

でも、僕は絶対にないと思いながらも、心の中のどこかでもしかしたら彼らから連絡が来るかもしれないというそんな淡い期待を抱いていたのだろう。

そんなこと絶対にないとやっと気づけただけ僕は少しは大人になったのだと思う。

 

趣味の大変悪い話になるけど、彼らのSNSを怖いもの見たさで覗いてみるともうアレだからね。

今はもうしてないけど大学時代にぼっちこじらせてた僕は彼らのSNSを覗くことがあったけど覗いたら学生時代結構お互い仲悪かったAとBがが普通に一緒になってバカやってて正直、なんなのって思ったよね。

メンヘラじゃないけど、どっちも僕とかなり仲良かったのにお前らどっちも僕とじゃなくてよりにもよってお前の嫌いなそいつなの?みたいな。

ようするに、時間が合って一緒にバカやれれば誰でもいいのだ。

過去なんてどうでもいいのだろう。

むしろ、いがみ合ってたことすら彼らにとっては酒のつまみなのだろう。

これに類することを多々見てからほんと人間関係って本当にバカらしいなって正直思った。

こういうのが続くと小さい人間かもしれないがこんなんだったら友達なんていらないよねなんて思ってしまうわけだ。

いや、いらないってのは語弊か。

自分のライフステージに即してその時の自分の立場・価値観に近く都合が無理に合わさなくても合うような奴と友達でいればいいのだ。

実際のところもう彼らと会っても僕と価値観はもう180度異なるだろう。

 

最近、自〇者が出ると自分の周りの心配な奴に連絡してあげよう寄り添ってあげようゲートキーパーになってあげようみたいなのが叫ばれているが実際そんなことができる人はほんの一握りなのだろう。

逆説的だが、僕に至っては自分が弱ってる時に手を差し伸べてくれなかった奴に手を差し伸べてあげるほど人間ができていないし人生に余裕がない。

 

生きにくいななぜだろう。

 

本当にその通りだ。

 

最後に名言を言って終わりにしよう。

 

「世の中がつまらないんじゃないの。あなたがつまらない人間になったのよっ!」

by桜野くりむ